生きづらくても生き続ける~バリキャリとゆるふわのハザマ~

ADHD(グレーゾーン)、HSP(HSS型)、遅延性フードアレルギーに苦しむ27歳こじらせ女子がもがきながらライフハックを提案する場

「ZERO to ONE」感想~無駄な競争ゲームに乗るべきではない~

普段ビジネス本は読まないし、読んでも感銘を受けることは少ない私だが、

仕事関連でピーターティールについて知らなきゃならないことになり、

3年ほど前に話題になったZero to Oneを読んだ。

 

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

 

 

エモさを追求する女子っぽいところがあるので

ビジネス本にはあまり感化されないたちであるが、

 

「競争とはイデオロギーだ」

 

この一文は突き刺さった。

 

ペイパルの創業者として有名な著者のピーターティールはスタンフォード大を優秀な成績で卒業、

その後進学したロースクールでも最高裁法務次官を目指し、努力を続けるものの、

あと少しのところで、法務次官の任官を逃す。

 

これまでずっと競争に勝ち続けてきたところ、

一番最後の「競争」に負けたティールだが、

その後ペイパルを創業し、起業家として有名になる。

 

ペイパル売却後、ティールはロースクール時代の友人に出会い、こう言われることになる。

 

「ピーター、あのとき、事務次官にならなくてよかったな」

 

つまり一つの競争に勝ったとしても、その競争に価値がなければ、

その分無駄な年月を費やしてしまうだけという話。

 

この本の中での本題は、イデオロギーとしての競争はビジネスでも発生することであり、

どの競争を選ぶのか考えないと、結果としてビジネスは成功しないよ、という話であるが、、

少し本題からずれて、考えてみると、確かに「のるべき競争」を間違えると

人生楽しくないことが多いのではないか。

 

自分の人生を振り返ってみてもそうだ。

 

私は小さいころから負けず嫌いで、人にバカにされることがとにかく嫌いだった。

競争に勝ったときにエクスタシーを感じることは少ないかわりに、

 

「負けてバカにされることだけはないように」

 

というモチベーションで努力してきた。

 

どんなにつらい、やめたい、と思った時でも、

この競争に勝てば、バカにはされない、安心できる、

と自分に言い聞かせていれば頑張れた。

 

 

でも、その競争自体に何の意味があっただろうか。

今振り返ると、別に何も意味はない。

当時の私は気が付かなかったけれど、そもそも好きなことでもないし、好きなことをやるための努力でもなかったから、

あとで振り返って残るのは虚しさのみだった。

 

私がやっていたことは、「努力」ではなく、ただの「我慢」だった。

 

だけどそれって私だけが、陥っていることだろうか。

周りを見渡せば昔の私のように不要な競争に巻き込まれている人の多いこと。

 

学歴自慢から、勤めている会社自慢から、資格自慢から、、

 

自慢することは、その人が頑張った証拠だから決して悪いことではない。

ただ、自慢するならその能力を自慢するべきであって(自分は●●ができる、とか)、

競争に勝ったこと自体(入った学校や会社がすごいとか、その中で出世をした、とか)を自慢するのは少し違和感がある。

 

努力をするなら、自分がかっこいい!と思う能力を得たり人物像に近づくために行うべきなんだよなあ。

 

私もなりたい自分像になるべく、自分なりの努力軸を見つけたいもの、である。