生きづらくても生き続ける~バリキャリとゆるふわのハザマ~

ADHD(グレーゾーン)、HSP(HSS型)、遅延性フードアレルギーに苦しむ27歳こじらせ女子がもがきながらライフハックを提案する場

超優良企業の政府系金融辞めてソーシャル系のスタートアップに転職することにした

まだ、会社の上司にはいっていないけれど、転職を決めた。

 

今の会社に大きな不満があったわけではない。

 

給料はいいし、福利厚生素晴らしいし、忙しい時も多いけど上司先輩はリーズナブルで優しいし、金融のわりに営業ノルマのプレッシャーとかないし、金融の知識は真面目にやれば一通りつくし、年次一律賃金だし、、とめちゃめちゃいい会社だった。

 

ではなんでやめるのか。

 

それは「自分の人生を生きるため」だ。

 

振り返ると小さいころから「挑戦すること」とか「新しいことをはじめること」が苦手だった。

そんなんだから、「好きなこと」や「やりたいこと」がなんだかわからないまま、大きくなった。

 

ただ、親が離婚して、周りの幸せな家庭とは環境が違ったり、学校の先生がなんかいけすかなかったり、みたいな子ども時代を過ごしたので、

 

「こんちくしょう、私だって頑張ればできるんだーー!」

 

という「ハッピー野郎を見返してやる」精神で「やりたいこと」より「やるべきこと」の軸で行動してきた。

 

東大に入ったときも、新卒就活のときも、同じ気持ちで頑張った。

 

ただ、今でも忘れられないことがある。

 

就活解禁早々、(受かれば周りにすごいといわれるだろうという理由から)第一志望だった今の会社に内定の電話をもらい、

嬉しくなって隣の部屋にいた妹に報告したら、

 

「お姉ちゃんって、すごい!って言われるためなら、死ぬほど努力できるんだね」

 

とドライに言われた。

 

当時受験生で、成績が私ほどよくなかった妹の、ちょっとした嫌味だったのかもしれない。

それでも、自分の痛いところを突かれた気がして、その言葉は5年たった今も私の心に引っかかっている。

 

妹の言葉に沿うがごとく、私は社会人になってからも、すごい!と言われることを求めて仕事に関しても努力を続けた。

 

周りにどうにか認めてもらうために、苦手な細かい数値計算もこなしたし、夜遅くまでのデスクワーク、無駄に飲酒量の多い会食続きにも耐えた。

 

最初は学生時代と同じ感覚で、自分のプライドを保つために努力し続けられた。

 

でも、社会人2年目くらいからであろうか。

プライドを保つだけのためには、努力できなくなってきた。

 

それはたとえるなら、足がつくかつかないかの海を必死でつま先立ちをして歩き、

はるか先の岸を目指す感覚。

 

その過程は神経を使って、ひどく疲れるものなのに、

いざ岸についてみると、そこは全然行きたいところじゃなかった、、そんな感覚。

 

つまり、私のやっていた仕事は、過程が楽しめる仕事でもなければ、最終的に得られるスキルもほしいものではなかったのである。

 

もう「すごい」と言われるためだけには、努力できなくなっていた。

 

そのとき、私は今までいかに「べき論」のみで自分の人生を過ごしてきてしまったか、ということにやっと気づいた。

 

「好きなこと」

「自分がワクワクできること」

「自分が大切だと思う価値観」

 

これらがなんなのか、20代も半ばになって真剣に考えなければならなくなった。

 

しかし、自分の人生をよくよくひも解いてみると、それは容易に見つかった。

 

私立中高で育ちながら、親の離婚を機に自分の周りの差を意識して

中学時代学校に通えなくなった。

ずっとコンプレックスだった経験だったけれど、それが私の原点だ。

 

「社会で私のように、人と違うからと、ちょっと生きづらい人たちを応援したい」

 

これが自分のやりたいことだ、と気がついた。

 

本当はもっと関わりたかったり、挑戦したかった課題だったけれど、

自分に自信がなかったり、

「べき論」に沿った予定や課題を優先してしまったりで、

ずっと能動的には関われていなかった。

 

キャリアの専門分野は一度決めてしまうと入社後はどんどん道の差が開く一方で

異業種へ転向することは難しい。

 

あと10年、金融の仕事をやったとして、金融知識は身につくだろうが

関わりたいソーシャル業界の転職は絶たれるだろう。

 

だから、これが最後のチャンスだ。

ここであきらめてしまったら、死ぬとき絶対絶対後悔する。

 

それでも、正直、転職には不安のほうが大きい。

 

上司に言われた「やるべきこと」をやっていれば評価される金融業界と異なり

ソーシャルベンチャーでは主体的に自分で仕事を回すスキルが求められる。

 

今まで、受動的に「べき論」のみで動いてきた私がそれに耐えられうるのか。

 

それでも、挑戦する。

自分のことを、嫌いにならないために。

 

「お姉ちゃん、周りの目なんか気にせずに自分の好きなことだから、死ぬほど努力できるんだよ」

 

って、あの時の妹に言い返すために。